一章 山高帽の青年

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「二十四の大人が道に迷うなんて、よっぽどのんびり屋なんですね」  肩を竦めると、廉太郎は「違いますよ、今日だけです!」と慌てて反駁する。 「明日、恋人に結婚の申し込みをするんです。そのことで頭がいっぱいで、気が付いたら迷っていて」 「……へえ、プロポーズ」  恵の声が一段と低くなる。  数日前に恋人と別れた恵にとっては、あまりにも羨ましく、胸に突き刺さるワードだった。  ダム湖の底に届きそうなほど深い溜息を吐き、柵にぐったりと伏せた恵に廉太郎は慄いた。 「ど、どうかなさったんですか」 「聞いてくれるんですか!?」  バッと飛び起きた恵が眉を吊り上げて身を乗り出す。目を丸くした廉太郎は身を引いて、ぎこちなく頷いた。
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