一章 山高帽の青年

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1  今日で何度目かの深い溜息だった。同時に肩から滑り落ちた鞄の持ち手を、のろのろと肩にかけ直す。足取りが酷く重かった。その原因が自分の中でもはっきりとしているからなおさら重い。  ささくれて沈み込んだ(めぐみ)の心とは裏腹に、夜の駅前は賑やかだった。それがまた溜息の原因となる。  夜道に連なる居酒屋の光は、疲れた目には少し痛くて、指で眉間をつまみながら強張った顔で通り過ぎた。  年季の入った暖簾の奥から、すっかり出来上がった酔っ払いが肩を組みながら出てくる。そして恵を見やるなり「おいおい姉ちゃん、辛気臭せえ顔してんなよなあ! 彼氏にフラれたか~」とがははは、野太い声で笑いながら横を通り過ぎた。  眉間に皺が寄る。ただ絡まれるだけならまだいい、しかしその揶揄い言葉がドストライクじゃ、無視するにもしきれない。  喉の奥でつっかえる熱いものを、半ば無理やり飲み込んだ。
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