一章 山高帽の青年

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 暫くして、スッと目の前にコースターが差し出された。ハッと顔を上げればあのバーテンダーの男と目が合い、慌てて視線をグラスに戻す。コースターには既にグラスが乗っていた。  底の鮮やかな黄色が表面に近付くにつれオレンジ色に変わり、グラスの淵には薄くスライスされたオレンジが添えられていた。  綺麗、と呟くように零した。 「ミモザです。シャンパンとオレンジジュースを合わせたカクテルで、『この世で最も美味しくて贅沢なオレンジジュース』といわれています。度数も高くないので、飲みやすいですよ」  礼を言って受け取り、そしてそのまま口に含む。口の中に広がる爽やかな風味に、恵は目じりを下げた。  「美味しいです」と率直な感想を伝えば、男は目を弓なりにした。   「絵はお好きですか」 「あ、いや、すみません。あんまり詳しくは」  申し訳なさに声が小さくなった恵を気にすることなく、バーテンダーの男は柔らかく微笑む。 「良ければ店内を見て回ってください。お気に召すものがあるかもしれませんから」  それだけ言うと男は恵から離れていく。言われた通り、グラスを片手に持って椅子から立ち上がった。
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