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「あらー、雄一くん。久し振りねぇ」
「あ、どうも」
帰宅した僕に声を掛けてきたのは絵美の母親。もちろん、青ずくめなんかじゃない、ごく普通の母親だ。仕事帰りらしく、グレーのスーツを着ている。
その姿を見て、絵美は就職したら青のスーツでも着るのかな、なんて思ったりした。
「大学まで同じなんてねぇ。長い付き合いになるわね」
「そうですね。絵美のヤツ、今日も青かったですよ」
「そうなのよ。ホント困った子だわ」
「よっぽど好きなんですね、青が」
僕がそう言うと、絵美の母親は一瞬ポカンとしたあと、盛大に笑い出した。
「え、ちょ、ど、どうしたんです?」
「あー、そう、そうなの! そうなのねぇ」
彼女は笑いすぎて目尻に溜まった涙を指先で拭いながら、僕の肩をパンパンと叩いた。
「え、あの……」
「いいのいいの、何でもないのよ。ごめんなさいね」
ふぅっと息を吐いて、彼女は僕に向かって柔らかく微笑む。
「絵美のこと、よろしくね」
「え、ああ、はい」
「あの子、変に頑固だし不器用だし、それなのに肝心なところは意気地がなくてねぇ」
「はぁ」
「でも悪い子じゃないのよ」
さすがにそれは分かっている、と言いかけたとき、彼女は僕の家の表札に視線をやって、くすりと笑った。
「それにしても、変な話よねぇ」
それは今までも散々話題にしてきたこと。僕だって、何度話のネタにしたか分からない。
「赤井の隣の家が、青山なんてねぇ」
「なんかコントみたいですよね」
二人で少し笑い合うと、彼女はそうだ、といって悪戯っぽく笑った。
「一つだけ、教えてあげる。絵美がね、青を好きになったのは、雄一くんの隣の席になったときからよ」
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