ゴースト

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「強いて言えば?」 誠は生唾を飲んだ。いや、飲んだように詩織には見えた。実際、喉を鳴らしたのは詩織自身だったかも知れない。 「君に一目惚れした。」 チンと鐘の鳴る音がして、詩織は息が詰まった。そして死んだように固まる。 「事故の直前、君の姿が見えて、それで好きだと思ったら、身体が動かなくなって。」 それで危うく詩織を撥ねかけたのか。咄嗟にサイドブレーキを引いて、ハンドルを回す。そしてそのまま街路樹に突っ込んだのだ。詩織は事故の様子を想像して、可笑しくなった。 「という訳で、帰ろうか。」 不意に誠が言った。 「何処に?」 考え込んでいた詩織は何のことか分からない。 「何処って、君の家しかないだろう。僕のことが見えるのは君だけなんだから。」 誠の笑顔に、詩織は敗北した。詩織も、一目見たときから彼のことが好きだ。こうして関係を持ってしまった今、もはや詩織は誠を拒否することは出来なくなっていた。 2人はタクシーを拾って、式場を後にする。まるでダスティン・ホフマンの『卒業』みたいなシーンだと詩織は思った。違うところと言えば、2人が抜け出すのが結婚式場じゃなくて、葬式場だということ。そして彼が幽霊であるということ。ロマンスのかけらもない駆け落ちである。あるいは単なる駆け落ちよりも壮絶な、人ならぬ道である。 結局、詩織はマンションの部屋に、誠を連れて帰った。誠とソファに並んで座ると、詩織は何故かソワソワする。男の人を部屋に上げるのは久しぶりだった。いくら幽霊だとしても、男は男だ。 「それで、どうしたら良いの?」 詩織は漠然と聞いた。この事態にどう対処して良いか、詩織にさっぱり分からない。 「まあ、成仏するのが筋だよね。」 誠は短く言った。 「どうやって?」 「この恋が成就すれば、自ずと成仏出来るんじゃないかな?」 誠は何故か楽しそうに言う。全く意味不明な筋ではあるけれど、何となくそれが正しいのかも知れないと詩織は思った。 こうして、詩織の幽霊との恋愛が始まったのだった。
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