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幽霊との恋愛関係について
詩織はチェーンのカフェで独り、アイスコーヒーを飲む。少なくとも傍目からはそう見えるはずだ。
しかし、詩織にはテーブルを挟んで座る誠が見える。詩織はため息を吐く。幽霊であるということ以外は、何の文句もない完璧な彼氏だ。
誠とのデートは、人目を忍んで行われた。公共の場で独りで空に向かって話している三十路の女性を見かけたら、人は何と思うだろうか。詩織はそこまで自分を見失ってはいない。それでも偶に、誠は外に出たいと言う。
「だって、今までは人に見られないように、世を忍んで生きてきたんだから。死んだ後くらい堂々としたい。」
有名な若手俳優だった彼は、公共の場ではいつも人目を気にしなければならなかった。それが今は、誰にも見えないのだ。誰からも見られないという解放感は、誠を活き活きとさせているようだった。
しかし、幽霊との野外デートは、ちょっとしたコツが要る。
詩織は勉強をしているかのようにして、ノートに文字を書いて誠に読ませた。誠の声は他の人には聞こえないから、彼は普通に言葉を発すれば良い。こんなに手書きで文字を書くのは久しぶりだ。
”'私と会ってない日は何してるの?”
詩織はノートに書いた。
「映画館に行ったり...」
誠は言った。確かに、幽霊なら映画観にも無料で入り放題だ。意外と幽霊の生活も悪くないな。
"他には?”
また詩織が書いて示す。
「あとは、大学の講義を聴いたり。」
誠は恥ずかしそうに言う。
”大学?”
「うん。生きてる頃は忙しくて通えなかったから。」
誠は恥ずかしそうに言う。
そうか。生前は仕事で大学に行く時間もなかったのか。そう思うと詩織は誠のことが少し可哀想になる。彼はごく普通の若者がするようなことをしないまま、死んでしまったのだ。
”何を勉強しているの?”
詩織は優しい文字で聞いた。
「最近は心理学に興味がある。」
何だか他人事みたいに誠は言った。
悠然とした態度は幽霊だからだろうか、あるいは誠の元々の気質か。しかし、誠が幽霊としての生活を謳歌していることに、詩織は少しホッとしている。いくら恋愛関係にあるとは言っても、四六時中付き纏われたらかなわない。適度に距離をとって、そして徐々に近づいていければ良いと思う。
「でも本当は詩織とずっと一緒に居たい。」
誠は詩織の考えを見透かしたかのように言った。
”それはちょっと、重いな。”
「大丈夫。幽霊だから軽いよ。」
なるほど。確かにそれは一理ある。
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