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どこまでも青く澄みわたる、輝きの世界へ──。
石段を登り切ったわたしは、息を弾ませながら周囲を見回した。
誰もいないことを確かめ、ふーっと息を吐く。
ホッとすると同時にかすかな失望を覚えるのは毎年のこと。
苦い笑みに唇をゆがませながらかぶりを振る。
わかっているのに期待してしまう。
また彼女に逢えるのではないか。
彼女がここでわたしを待っていてくれるのではないかと……。
そんなはずないのに。
だってもう彼女はいない。この世界には。
彼女は迷わず飛び込んだ。
果てしない青の世界へ。
『──ねぇ。わたし、〈夏〉は季節じゃないと思うんだ』
崖の上で彼女がそう呟いたとき、わたしたちの頭上には真っ青な空と巨大な入道雲が広がっていた。
背後からはうるさいほどに、ジージー、ミンミン、ツクツクと蝉たちが混声合唱を響かせている。
額ににじむ汗をぬぐい、ぶっきらぼうにわたしは応じた。
『季節じゃないなら、なんなのよ』
『そうね。概念……かしら』
『わけわかんない』
むすっと答えると彼女は小さく笑った。
胸を衝かれるほどの涼やかな笑顔で。
そのときのわたしには、彼女の言う〈概念としての夏〉がよくわからなかった。
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