第五回 妖女伝

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 才蔵の苛立ちは、黒夜叉の間の抜けた挨拶に霧散した。 「それじゃ旦那、食事は三人前で?」 「ああ頼むぞ」 「あいや、待たれい」  才蔵は用件だけ告げて去ろうとしていたのだが―― 「大丈夫でやすよ、二人分も三人分もたいして手間はかわりやせん」  そう言った黒夜叉の微笑に才蔵の胸が高鳴る。彼は女を知らぬ。それにも増して、温かい何かを感じる。 (それがしは一体……)  才蔵の戸惑いは晴れぬ。黒夜叉から感じたのは何か。母親の愛情にも似た何かである。才蔵の思いには気づかず、黒夜叉は畳一枚ほどの庭に出て火を起こし始める。そばを茹でようというのだ。 「おい、火の扱いには気をつけろよ」 「わかってやすよ~」  黒夜叉は袖をまくって取りかかった。才蔵は乱丸と共に黒夜叉の後ろ姿を見つめた。彼女の丸みを帯びた尻に才蔵は目を奪われる。女っ気のない生活であった事を才蔵は痛感した。 「これ」 「は?」 「お主の奥方か?」 「いいえ」 「なんだと?」  乱丸の応えに才蔵はわけもわからず苛立った。 「一緒に住んでおるのにか!?」  自分ですら戸惑う怒りに支配された才蔵から乱丸は説教を食らうはめになった。 「……だいたいだな、女を住まわせて身の回りの世話をさせ、責任を取る気もないのか」     
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