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彼女がいなければ、乱丸は人斬りの修羅地獄に堕ちていただろう。
「ところで、あれは…… 刺青か?」
乱丸は黒夜叉に問う。嫌がる黒夜叉の全身にお湯をぶっかけ、背を流してやった時、乱丸は彼女の全身を走る蛇のような黒い紋様を見た。
「いいええ」
「では、何だ?」
「旦那あ、女に過去は聞いちゃいけやせん」
珍しく黒夜叉は機嫌を損ねたか、つんとして横を向く。妙な可愛らしさに乱丸は苦笑した。
「わかった、わかった。俺が悪かった」
「わかってくれたなら、いいんです。もしも旦那が責任取って、あちきと祝言挙げてくれたなら、お教えしやす」
「お、お前……」
祝言云々には乱丸の方が照れた。彼もまだ二十歳、越前の説く「女の毒」は理解し難い。
夕闇の中を仲睦まじそうに歩く二人。通りの人もまばらになり、いつしか二人だけで歩んでいるような錯覚があった。
そんな二人の前に、数人の浪人が立ちふさがった。
「おうおう、見せつけてくれんねえ」
「お主、武士ではあるまい、浪人であろう?」
「浪人、相憐れむという。金子を工面してくれぬだろうか?」
ニヤニヤして手を差し出してくる浪人。黒夜叉は乱丸の背に隠れた。
「俺は浪人ではない」
乱丸は短く言った。
「なんだと?」
「町民だ。金もない。だから失礼する」
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