第三回 享保の剣鬼

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「いやよ、いやよも好きの内……!」  自分の世界に浸りきる黒夜叉を前に、乱丸と浪人は互いに頭を下げている。妙な光景だった。 「あっはっはっ!」  突如、場に響いた笑い声に乱丸達は我に返った。見れば酒屋の軒下に床机を出して酒を飲んでいる一人の男がある。 「三文芝居じゃなあ、愉快、愉快」  男はまだ二十代の半ばほどと見えるが、老練達者で快活な印象を見る者に与えた。 「な、なんだ貴様は!」  浪人は男を見て大声を出した。これは乱丸には理解し難かったが、この男の気配はただ事ではない。それがわかるだけでも、浪人は人生の修羅場をくぐってきたのがわかる。 「いやあ、三文芝居楽しませてもらった。お代をやろう、お主らこっち来いや。酒をおごってやる」  男は尚もおかしげに笑った。色の白い、女のような顔つきの男だ。長い黒髪は束ねて背中に落としている。着流し姿の風来坊のような雰囲気に、何より不思議な事だが、乱丸とどことなく容姿が似ていた。 「ほ、本当か!?」 「うむ、男に二言はない」  男は不敵な笑みを見せ、店の奥に酒を注文した。四人の浪人はたちまち笑みを見せ――無頼漢な彼らには意外な――、酒を飲み始めた。 「め、飯もよいのか!」 「うむうむ、三文芝居のお代だからのう」     
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