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男は床机の上に一朱銀を置いた。四人の浪人が満腹に酔い潰れるには充分すぎる代金であった。
(な、何者だ、この……)
乱丸は驚きに目を見張った。つい先程まで殺気走っていた浪人達が、今や酒と食事にありついて笑顔を見せている。
ましてや彼ら浪人は帯刀までしている。竹光やなまくら刀の可能性もあるが、そんな彼らが黒夜叉に無礼を働こうとしていたのだ。
乱丸が殺気走って警戒するのは当たり前なのに、この男は刃物も暴力も恐れた風でもない……
「おぬし」
男はきさくに笑いかけた。容貌は乱丸とどことなく似通っていて、兄か親類の者かと疑いたくなるほどだ。黒夜叉に到っては、乱丸と男を何度も見比べている。
「昔どこかで会うたかな」
「――いや、人違いでありましょう」
乱丸は答えて言った。彼もまた戸惑いを隠せぬようだった。初対面だというのに、どこかで会ったような気がするのだ。
「はて、覚え違いか。年よのう」
男はひょ、ひょと笑った。美男には似合わぬ仕草だが、その意外性は奥が深い。
(この御仁は……)
乱丸のこめかみを汗が流れ落ちた。奇妙な緊張が乱丸の全身を走っている。
(人を斬った事がある――)
確信にも似た思いが乱丸の心中に起きた。
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