第三回 享保の剣鬼

5/9
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/137ページ
 男は床机の上に一朱銀を置いた。四人の浪人が満腹に酔い潰れるには充分すぎる代金であった。 (な、何者だ、この……)  乱丸は驚きに目を見張った。つい先程まで殺気走っていた浪人達が、今や酒と食事にありついて笑顔を見せている。  ましてや彼ら浪人は帯刀までしている。竹光やなまくら刀の可能性もあるが、そんな彼らが黒夜叉に無礼を働こうとしていたのだ。  乱丸が殺気走って警戒するのは当たり前なのに、この男は刃物も暴力も恐れた風でもない…… 「おぬし」  男はきさくに笑いかけた。容貌は乱丸とどことなく似通っていて、兄か親類の者かと疑いたくなるほどだ。黒夜叉に到っては、乱丸と男を何度も見比べている。 「昔どこかで会うたかな」 「――いや、人違いでありましょう」  乱丸は答えて言った。彼もまた戸惑いを隠せぬようだった。初対面だというのに、どこかで会ったような気がするのだ。 「はて、覚え違いか。年よのう」  男はひょ、ひょと笑った。美男には似合わぬ仕草だが、その意外性は奥が深い。 (この御仁は……)  乱丸のこめかみを汗が流れ落ちた。奇妙な緊張が乱丸の全身を走っている。 (人を斬った事がある――)  確信にも似た思いが乱丸の心中に起きた。     
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!