第三回 享保の剣鬼

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「あらまあ。べっぴんだなん…… て」  さっきまで泣いていた黒夜叉が、もう笑った。 「あっはっはっはっ! 本当に面白いな、おぬしらの夫婦漫才は!」  長髪の美男は愉快そうに腹を抱えていた。  結局、乱丸と黒夜叉が長屋への帰路に着いたのは、しばらく経ってからだった。  男のおごりで乱丸と黒夜叉、四人の浪人、合わせて七人は大いに飲み食いし、居酒屋の主も「今日はもう店じまいだな」と笑みを浮かべていた。 「この近所の顔役とはな」  乱丸は黒夜叉と歩きながら身震いした。あの男は近所の顔役で、腕っぷしの強さで無頼漢にも怖れられているというのだ。それを教えてくれたのは、居酒屋の店主である。 「あの浪人さん達も仕事に就けるといいんですがねえ」  黒夜叉は乱丸の左腕に抱き着いて歩く。酒のせいで、両頬が赤い。ほろ酔い加減の彼女は浅黒い肌のせいで、神秘的な美女のように見えた。 「仕事も斡旋するとはな…… さすがは顔役だ」 「あちきは、あの方が旦那を知っていたのが意外でやすよ」  あの男は乱丸を知っていた。父の仇を討った若い美男の噂は、乱丸の知らぬところで、知る人には知られていたのだ。  しかも、あの男の名を聞いて、乱丸と黒夜叉は酒の席で顔を見合わせたものだ。     
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