第三回 享保の剣鬼

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 あの男は小次郎と名乗ったのである。  乱丸と黒夜叉は先日、佐々木小次郎――  生きながら魔性に転じたという剣客の事を話したばかりだから、この偶然には驚いた。 「いや、あちきもお会いした事はないでやすが…… まさか、まさかねえ。どうやって人間の世界に馴染んでいるんでやしょう」 「お前も立派に馴染んでるじゃないか…… 俺は思うが、本人に間違いあるまい」  乱丸の背を汗が濡らした。冷や汗である。小次郎と対峙した時の事を想像してしまうのだ。  それは乱丸の、いや強い者に果敢に挑んでいく男の本能が夢想を思い浮かべたのだろうか。  ――乱丸の眼前で剣を右手に提げた小次郎。  乱丸は無心に踏みこむ。  刀を振り上げ打ちこもうとした瞬間、小次郎の抜き胴に腹を斬られる……  そんな夢想が乱丸の脳裏に浮かんだ。 「……勝てんだろう。俺とは格が違いすぎる…… あれは正に……」  新陰流の始祖、上泉信綱を指して剣聖と称する事があるが――  乱丸は小次郎に剣鬼という印象を抱いた。  あの憎めない笑顔の奥に、剣の鬼が潜んでいるように思われた。 (負けて死ぬなら、ああいう御仁がいいな)  乱丸は不敵な笑みを顔に張りつかせた。     
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