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(せめて死に花は美しく咲かせたいな……)
乱丸は目を閉じ、しばし瞑想した。女のような顔つきに、頬の削げた精悍な表情。
月光に照らされた彼は美しい幽鬼のようであった。
彼の脳裏には昼のやり取りが思い返された。
*****
奉行所内の剣道場に激しい気合いの声が響く。これは乱丸が越前に稽古をつけてもらっているのだ。
「せい!」
越前の打ちこみを乱丸は袋竹刀の鍔元で受け止めた。そして両者は鍔迫り合いとなる。
「さあ、どうした乱丸? ここからは己の力のみが頼りだ……」
額に汗を浮かべ、越前は微かに笑う。彼は剣術も学んでいた。
「うう……」
歯を食いしばり、越前を押し返そうとする乱丸だがうまくはいかぬ。幼い頃から武芸を学んでいたわけでもない乱丸だ。越前との体力の差は歴然としていた。
「ほれ」
越前が前にぐいと力をこめると、乱丸の体は後方の床に倒れた。袋竹刀が床の上でけたたましく鳴る。
「ま、まいりました!」
乱丸は素早く身を起こすと平伏した。
「よい、乱丸よ。余とおぬしの戯れだ」
越前はふうと息を吐き出し、額の汗を袖で拭った。彼は仕事の憂鬱を剣の稽古で発散させていた。人知れぬ気晴らし方であった。
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