第四回 食人鬼

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 防具も着けずに稽古とは危なく思えるかもしれぬが、袋竹刀での打ちあいならば大怪我には及ばぬ。気構えは必要だが、木刀や刃引きの刀に比べれば、はるかに安全であった。 「わし位は越えてほしいな、乱丸よ。おぬしに課した使命が使命だからな」 「は……」  乱丸は立ち上がると越前に頭を提げた。大岡越前自らが稽古をつけるとは、乱丸を気に入っているからだ。  他の者には羨望の眼差しで見られるやもしれぬ。しかし乱丸は気づいた風でもない。 「ご指導ありがとうございました……」  越前に礼をする乱丸。越前はふふんと笑った。 「見事だ乱丸よ。おぬしには辛い命を押しつけたが、やり遂げてみせよ。骨は拾ってやる」 「は」 「魔物相手に怯むな、真に恐ろしいのは、人間であるやもしれぬ」 「は」 「才蔵達の事など気にするでないぞ」  これは越前なりの気遣いであった。御庭番衆たる彼らは、越前お気に入りの乱丸に嫉妬の念を抱いていた。  統率者である才蔵は実際に乱丸と手合わせし、それなりに認めてはいるようだが―― 他の御庭番衆の者、乱丸をどう思っているかわからぬ。 「いくら腕が立とうと、命を懸けて事に臨めぬというならば―― それは無価値である」  越前の声に鋼の意思が宿った。非情とも取れる越前の発言に乱丸は息を飲む。 「腕前に劣ろうと、命を懸けて事に臨むのであれば―― あるいは天をも動かす」     
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