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周囲の光景も何かが変わっている。乱丸は武家屋敷の並ぶ通りを歩いていたはずが、いつの間にか左右には見慣れぬ小さな家屋が建ち並んでいるではないか。
(これは……)
血の気の引いた乱丸の脳裏に、せつなの言葉が思い返された。
煩悩郷。
現世に恨みや迷いなどの思いを残した者がたどり着く異界の郷――
乱丸はいつの間に迷いこんだのか、それともあの化物は乱丸を誘っていたのだろうか。
寒気を帯びた夜風に吹かれながら、乱丸は全身に汗をかいている。
空気に漂う得体の知れぬ妖気、それも乱丸を震わせる。人外の者あふれる異界に来たという不安もある。
不意に前方の通りの角から、複数の人影が姿を現した。
夜の闇にも似た中でははっきりと視認できないが――
彼らの両の瞳は深紅の輝きを放っていた。
(うう!)
乱丸は駆け出した。恐怖の叫びを上げなかっただけでも、彼は大したものである。
異界に来て尚、正気を保つのはなかなかできる事ではない。
駆け出した乱丸は、どこをどのように走ってきたのかわからない。ただ様々な怪奇を横目で見た。
川の側を通れば、岸で河童のような異形の者が女と戯れていたり。
広場を通れば、骸骨のような者が多数集まって、刀槍を振るって戦の真似事をしていたり。
顔が人間のような犬、猿のような人。
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