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おぞましい光景を横目で眺めながら、彼は駆けた。腰に差した妖刀も頼りにはならぬよう気がした。
――どれほど駆けたろうか、彼は林の中にいた。息を整えながら周囲を見回し、そして驚いた。巨大な繭が宙に浮かんでいる。
(蝶?)
乱丸は繭を見つめて思った。激しい心臓の高鳴り、それは原初の恐怖のせいか。
乱丸は無心に刀柄に右手を伸ばした。
彼の目付きは変わっていた。恐れも迷いもない強い眼光。異界で死ぬ事を彼は覚悟したのだ。
そして繭が割れて、中から何かが姿を現した。
“そなた美しいな……”
女の深紅の瞳が乱丸を向いた。白い肌に長く白い髪、細いながらも官能的な肉体美……
男の理性を崩壊させる危険な魅力に満ちた魔物。その艶やかな声ですらが、男を誘惑しうる。
が、対峙する乱丸に動揺は見られぬ。彼の鋼の精神は女の魔力を受けつけない。
気合いではない、意思だ。
魔物を斬るという乱丸の意思の力が、誘惑をはね退けているのだ。
「黙れ」
乱丸は一言だけ告げた。今の彼は死を覚悟している。恐れるものは何もなかった。
ただ斬る。
死に花を咲かす。
それだけであった。
“好いたらしい男であるな……”
妖艶な笑みが浮かんだ瞬間、女の深紅の瞳が強い光を放った。
それは一瞬、乱丸を怯ませるほどに強烈な光であった。
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