第四回 食人鬼

8/14

13人が本棚に入れています
本棚に追加
/137ページ
 おぞましい光景を横目で眺めながら、彼は駆けた。腰に差した妖刀も頼りにはならぬよう気がした。  ――どれほど駆けたろうか、彼は林の中にいた。息を整えながら周囲を見回し、そして驚いた。巨大な繭が宙に浮かんでいる。 (蝶?)  乱丸は繭を見つめて思った。激しい心臓の高鳴り、それは原初の恐怖のせいか。  乱丸は無心に刀柄に右手を伸ばした。  彼の目付きは変わっていた。恐れも迷いもない強い眼光。異界で死ぬ事を彼は覚悟したのだ。  そして繭が割れて、中から何かが姿を現した。 “そなた美しいな……”  女の深紅の瞳が乱丸を向いた。白い肌に長く白い髪、細いながらも官能的な肉体美……  男の理性を崩壊させる危険な魅力に満ちた魔物。その艶やかな声ですらが、男を誘惑しうる。  が、対峙する乱丸に動揺は見られぬ。彼の鋼の精神は女の魔力を受けつけない。  気合いではない、意思だ。  魔物を斬るという乱丸の意思の力が、誘惑をはね退けているのだ。 「黙れ」  乱丸は一言だけ告げた。今の彼は死を覚悟している。恐れるものは何もなかった。  ただ斬る。  死に花を咲かす。  それだけであった。 “好いたらしい男であるな……”  妖艶な笑みが浮かんだ瞬間、女の深紅の瞳が強い光を放った。  それは一瞬、乱丸を怯ませるほどに強烈な光であった。     
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加