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あの辛く苦しい体験が幻魔を弾き返したのだ。
そして乱丸の脳裏に浮かんだ二人の女――
黒夜叉とせつな、彼女達への思いもまた、乱丸の精神を幻魔から守ったのだった。
“――やりおるな”
乱丸ははっとした。しかし身を起こす事などできぬ。
僅かに頭を持ち上げ彼は見た。真っ二つになりながらも尚、立ち上がった女の魔物を。
“殺すには惜しい男だ”
斬り裂いた傷跡から泡を立て、女は乱丸を見下ろしていた。
(なんという化物だ……!)
乱丸は戦慄する。乱丸の一刀は致命の一手なり得ぬとは。胴体を両断されても、この女の化物は死なぬとは。乱丸が負わせた傷はすでに治癒している。
“この世に人間がある限り―― 我は永遠不滅なり”
女の背の羽がまたしても鈴の音を立て、七色の光を放った。次の瞬間には、輝く鱗粉が煩悩郷の空のあらゆる方向に飛散していった。
“我は人間の煩悩から産まれたのだ……”
女の魔物は恐るべき事を口にした。
「な、なんだと……?」
“人間の欲望が、悪意が我を産んだのだ。嘘をつき、だまし、あざむき、裏切り、盗み、犯し、殺す…… 人間の悪徳は尽きる事を知らぬ”
乱丸を見下ろす女の顔に妖艶な笑みが浮かんでいた。乱丸を嘲笑うかのようだ。
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