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“人間の本性は畜生と変わらぬ。いわば、人間の世は畜生の檻…… 汝一人で人間の欲望に立ち向かえると思うのか?”
「それでも俺は…… やるべき事だけは、やらねばならぬのだ……」
乱丸は立ち上がった。
右手に刀を提げて、まっすぐに女を見つめた。満身創痍だが、彼の眼光は衰えておらぬ。
乱丸の心には温かいものがある。黒夜叉とせつな、二人を思うと力が湧いてくるのだ。
“我らと結べ。我らと共に行こうではないか。汝には、その資格がある”
女の魔物の恐るべき誘惑も、乱丸ははね退けた。
「断る」
乱丸は刀を右肩に担いだ。
「……惚れた女がいるからな」
それは黒夜叉かせつなか、乱丸にもはっきりとはわからなかったが。
一打必倒の気迫をみなぎらせ、乱丸は魔物を見据えた。なぜか失われた活力が戻りつつある。
それは自分を見守ってくれる女の為に発揮された力であると、乱丸は気づいたか否か。
“……面白い。汝の思い、どこまで続くか見せてみよ”
女の背の羽が震え、再び鱗粉が夜空に舞った。
“畜生の檻の中で…… 終わらぬ夜の中で何ができるか、我を楽しませておくれ”
魔物の嘲笑を聞きながら、乱丸の意識は急速に薄れていった……
(……ここは)
気づけば乱丸は夜の中に一人いた。
すでに煩悩郷ではない。現実世界に戻ってきていたようだ。
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