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「せめて潔く最期まで、と思う。わしの気持ちを理解できるのは乱丸よ、おぬしだけかもなあ。……もうよい、下がってよいぞ」
胸中の心理を吐き出し、越前は盆栽に向かう。乱丸は屋敷を辞した。
(屍拾う者なしか……)
越前の言葉が乱丸の心に乾いた風を吹かせた。
(俺は何のために?)
越前は奉行として、才蔵は忍の任のために命を懸けている。では乱丸は何のためか。
気重なまま長屋への帰路に着くと、脳裏に一人の女の顔が浮かんだ。
――会いたい時は会いに行くわ。
せつなの微笑が乱丸の心に光となって差し込んだ。連絡手段はないが、彼女を思えば現れてくれるだろうか。
「――あ、旦那あー!」
もう一人、乱丸には大事な女がいた。黒夜叉だ。彼女は乱丸の長屋の自室の前で騒いでいる。人も集まってきて、ちょっとした騒ぎになっていた。
「さ、魚を焼いて食べようとしたら!」
黒夜叉は必死の形相であった。
「火が! 火があ!」
「……お前なあ!」
事態を飲み込み、乱丸は必死に井戸まで走って水を汲んだ。長屋の他の住人も手伝ってくれた。
黒夜叉のおかげで、良くも悪くも乱丸は迷いから遠く離たれる。
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