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才蔵は黒装束に身を包み、伊良沢家の庭に忍んでいた。
(さすが旗本二千石…… 広い……)
広い敷地内に屋敷が三つ――
住みこみの家士や女中もいるのだろう。
庭の木に上り、葉の影に潜む。その様子は正に忍者であった。
(なんだ、この……)
才蔵は全身を微かに震わせていた。得体の知れぬ不安を身中に湧かせている。
空気に混じる不気味な気配――
妖気とでもいうべき気配が才蔵の心胆を寒からしめているのだ。
心中に沸き上がる恐怖を抑え、才蔵は屋敷の調査を続ける。
そして母屋と思われる屋敷に、微かに明かりが灯っているのを確認した。
才蔵は木に登り、そこから母屋の屋根に飛び移った。更に瓦を剥がすと、屋根裏に侵入した。
(南無八幡……)
才蔵は祈るような気持ちで屋根裏を進む。中腰になりながら音も立てずに移動するのは流石である。
(む……)
やがて才蔵は床下の隙間から光が差し込んできているのに気がついた。下の部屋で誰かが明かりを灯しているのだろう。耳を澄ませば、食事をしているような咀嚼音が小さく聞こえてくる。
(はて……)
才蔵は床に屈みこみ、小さな穴から下の部屋をのぞきこんだ。一人の女の姿が見えた。
(食事か)
それだけならば大した事はない。才蔵も一瞬、気が緩んだ。
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