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男は右手に長太刀を提げていた。刃渡りは三尺以上だろうか。月光に照らされたのは、見目麗しい美青年である。どことなく乱丸に似ていた。
「な、何者!」
叫んで才蔵は懐から十字手裏剣を取り出し、男に投げつけた。夜の闇に放たれた必殺の一手だが男には通用しない。
「――は!」
男は下方から切り上げた一刀で手裏剣を弾き返した。闇の中を飛来する手裏剣を見切ったのか。その眼力といい、今しがたの剣技といい、ただ者ではありえなかった。
「ほう、忍びかい? 天下泰平の時代に、まだ忍者がおったんだなあ…… わしは楽しいぞ」
「き、貴様は……」
才蔵は黒装束の下の全身に汗をかく。人生の終わりを予感したが、生きて越前に報告せねば、という思いがある。
その一念だけが、恐怖の中で彼を支えていた。
「佐々木巌流――」
男は不敵な笑みを浮かべて、才蔵を楽しげに見つめていた。美女のような整った顔立ちに、皮肉そうに歪められた唇の笑み――
それに何より、男の両目は月下に深紅の輝きを放っている。
この男も魔物だというのか。数日前に乱丸と黒夜叉が出会った気さくな男は、生きながら魔性に転じた不死身の剣鬼――
「小次郎だ」
小次郎は白刃を閃かせ、才蔵に向かって踏みこんだ。
「うわあ!」
才蔵は悲鳴を上げた。夜闇を銀光が切り裂く。
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