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だが小次郎の打ちこんだ初太刀は虚しく空を裂いた。
「ぬう!?」
小次郎は驚愕した。才蔵の体は小次郎の頭上を飛び越え、宙返りして彼の背後に着地したではないか。
「なんじゃとう?」
「御免!」
才蔵は一目散に門の外へと駆け出している。小次郎は長太刀を背に負った鞘に納めた。
「わしの初太刀を外すとはなあ」
小次郎は苦笑して才蔵の走り去っていった方向を見つめた。
才蔵は抗戦する事を放棄し、逃げの一手に及んだ。それが為に小次郎の初太刀から逃れる事ができた。
逃げ延びて越前に事の次第を報告するという使命も、彼に火事場の馬鹿力を発揮させる要因となったに違いない。
「まだまだ世の中、捨てたものでもない、か……」
小次郎は飄々と屋敷に戻った。そして先程、才蔵が屋根裏から覗いていた一室に戻った。
「――姫」
襖を開き、小次郎は平伏した。部屋からは血臭が匂う。
「忍びこんでいたネズミを逃した…… これは切腹かな」
顔を上げた小次郎の顔には、未だ皮肉げな笑みが張りついていた。
“――放っておけ”
行灯の隣、部屋の中央に座した女が小次郎に振り返った。人肉を食らっていた魔性の女である。口元から着物の胸元まで、鮮血によって真っ赤に染まっていた。その瞳は深紅に輝いている。
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