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第一回 序章
乱丸は右手に血刀を握りしめて死を思った。
足元には武士の屍があお向けに倒れていた。見るも無惨な死に顔に乱丸の心が痛む。
乱丸が斬った武士は父の仇であった。彼にとっては憎き仇敵である。
その仇敵を討つ為に古道具屋で刀を買い、それで素振りを繰り返し――
父の仇を討つ為に磨いた捨て身の剣は、彼に勝利をもたらした。
だが彼の心は晴れぬ。
自分が仇敵と変わらぬ人殺しだという事実に、乱丸の心は絶望を感じていた。己が人生へのあきらめがあった。
――不意に寒気を感じて乱丸が夜空を見上げれば、無数の赤光が輝いていた。
それは夜空を通じて異界から乱丸を見つめている、無数の魔性達の瞳であった。
この時、乱丸は赤光が魔性の瞳とは気づかなかったが、ただ何か恐ろしさを――
得体の知れぬ恐怖を感じて立ち尽くしていた。人を斬った罪悪感で悪夢を見ているのかと思った。
ほんの僅かの間に赤光は消えた。
乱丸は知らぬ、自身の運命を。
江戸の夜に蠢く無数の魔性達と激しい闘争に臨む事になるとは、彼は夢にも思わなかった。
忍びの者も役に立たぬ、と大岡越前は言った。享保十五年(一七三○)の江戸は、天下太平の真っ只中だ。
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