第三回 享保の剣鬼

1/9
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/137ページ

第三回 享保の剣鬼

   *****  ある日の事である。  夕刻間近になって、長屋の乱丸の自室に黒夜叉が現れた。 「どうやって、ここへ?」 「旦那の匂いを追いかけてきたんでさあ!」 「犬か、お前は」  乱丸は苦笑した。黒夜叉は勝手に部屋に上がっている。 「お前はどこに住んでいる?」 「あちきは家なんかないんで。橋の下や古寺の軒下とかに、その日の宿を借りていやす」 「なんだと?」  乱丸は驚く。黒夜叉は衣服はボロというわけでもなく、体が臭うという事もないのだが、そのような事実を聞いたら乱丸も落ち着かぬ。 「湯屋に行くぞ」 「ええ!? あちきは湯屋なんか嫌いでさあ!」 「犬か、お前は!」  嫌がる黒夜叉を連れて、乱丸は湯屋へ行った。 「ふい~」  湯屋の帰り、黒夜叉は満足そうな笑みを浮かべていた。湯上がりの彼女はだらしなく着崩れており、妙な色気を醸し出していた。 「旦那あ、あちき幸せですぜ」  そう言って黒夜叉は乱丸の左腕に抱きついた。 「うむ……」  むすっとした顔の乱丸だが、実は満更でもない。黒夜叉の全身全霊の好意が、乱丸には嬉しかった。  心は人斬りの闇に染まっていた乱丸を、黒夜叉は明るく照らしてくれる。     
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!