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第三回 享保の剣鬼
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ある日の事である。
夕刻間近になって、長屋の乱丸の自室に黒夜叉が現れた。
「どうやって、ここへ?」
「旦那の匂いを追いかけてきたんでさあ!」
「犬か、お前は」
乱丸は苦笑した。黒夜叉は勝手に部屋に上がっている。
「お前はどこに住んでいる?」
「あちきは家なんかないんで。橋の下や古寺の軒下とかに、その日の宿を借りていやす」
「なんだと?」
乱丸は驚く。黒夜叉は衣服はボロというわけでもなく、体が臭うという事もないのだが、そのような事実を聞いたら乱丸も落ち着かぬ。
「湯屋に行くぞ」
「ええ!? あちきは湯屋なんか嫌いでさあ!」
「犬か、お前は!」
嫌がる黒夜叉を連れて、乱丸は湯屋へ行った。
「ふい~」
湯屋の帰り、黒夜叉は満足そうな笑みを浮かべていた。湯上がりの彼女はだらしなく着崩れており、妙な色気を醸し出していた。
「旦那あ、あちき幸せですぜ」
そう言って黒夜叉は乱丸の左腕に抱きついた。
「うむ……」
むすっとした顔の乱丸だが、実は満更でもない。黒夜叉の全身全霊の好意が、乱丸には嬉しかった。
心は人斬りの闇に染まっていた乱丸を、黒夜叉は明るく照らしてくれる。
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