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「好きな人ができたの。」
そう幼馴染の蛍はそう嬉しそうに言った。いつも控えめで、引っ込み思案な彼女からそういった話を聞くのは初めてだった。そんな彼女だからこそ好きになった相手というのは落ち着きがあって優しい人なのだろうな、と私は思っていた。
どこの誰かと問えば、恥ずかしそうに笑い、教えないと言う。けれど結婚式にはきっと呼ぶから、と。ずいぶんと気の早い話だと笑ったが、彼女が幸せそうならそれ以上言うまいと、まだ見ぬ結婚相手に思いを馳せた。
蛍が死んだ。
それはずいぶんと急な話で。
その日は天から海が降り注いでいるのではないかというほどの豪雨で、道路も川も変わりがないように一面水に溢れていた。学校から帰るとき、人に会いに行くのだと言って、校門から分かれた。青いストライプの傘が楽しげに揺れる。そして次の日の朝、川の下流で蛍は見つかった。
遺影の中で笑う彼女は穏やかで、蛍らしい顔だった。けれど好きな人ができた、と笑ったあの笑顔にはかなわない、と朗々と響くお経の合間にそう思った。
蛍から手紙が届いた。
私の部屋、二階の窓に挟まっていたその手紙は間違いようもなく、蛍の字だった。
少し良い素材の和紙で、細い墨で文字が綴られたそれ。誰かのいたずらだと怒ることも、幽霊からの手紙だと怯えることもしなかった。そういえば、彼女は小学生のとき習字を習っていたのだと感心した。
次の満月の夜、輿入れだからぜひ私にも来てほしい。
そんな内容だった。
手紙のおかげでようやく気付く。
彼女が恋した人は、きっと人ではなかったのだろう。
ほう、とため息をついた。どこか浮世離れした蛍を少し心配していたが、彼女には彼女らしい生き方というものがきっとあったのだろう。私とは違う、と思うと少しだけ寂しかった。
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