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結婚式なんて出たことがないから、どんな格好をすればいいかわからず、一張羅のワンピースをクローゼットから引っ張り出した。きっとこういうのは気持ちが大事なのだ。
日が暮れ、空が藍色に染められていくと、金色の満月が山の向こうから顔を出した。
玄関を遠慮気味に叩く物音がする。
どちら様で、と戸を引くと笠をかぶった鬼灯提灯の川獺が立っていた。
「お初にお目にかかりますぅ。こちら、常葉さつき様のお宅でよろしかったでしょうかぁ?」
是、と答えれば川獺はひげをぴんと震わせた。
「あっし、川獺のナガレメと申しますぅ。この度は輿入れのご案内に参りましたぁ。奥方様のご友人とのことでぇ。」
ナガレメは尾を振り左右に身体を揺らしながら私の前を歩いていく。
小さな二本足で歩く彼の後ろを追うのは難しく、度々たたらを踏んだ。
「結婚式はどこでするの?」
「へぇ、町外れの蓮畑になりますぅ。」
確かに蓮畑はある。田んぼなどが多いこの地域では蓮畑は珍しいものでもない。しかし蓮の季節はすでに過ぎ、秋になろうとする今日この頃、蓮畑にはただ深い泥が広がっているだけだ。
「へぇ。ですが今晩は特別なんですぅ。天咲(あまさき)様なら枯れた花を咲き戻すこともできるでしょうともぉ。」
「アマサキ様?」
「へぇ、お聞きになってはいないんでぇ?今晩の花婿様ですぅ。」
さも当然その方だといわんばかりのナガレメに、少しだけ悔しくなった。ついぞ私は蛍からその思い人の名を聞くことはなかったのだ。
「何者なの?」
「さぁて、あっしには学がないのでなんとも……、ただ大きな方としか存じませんなぁ。どこぞの神様なのか、大妖様なのか、精霊様なのか……ただまぁすごいお方だってぇのは確かでしょうともぉ。」
奥方様は玉の輿ですねぇ、なんていう言葉にはええそうね、と適当に返しておく。
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