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満月の下、季節外れの蓮に囲まれた二人は、この世のものとは思えないほど美しかった。
金色の満月が空のてんっぺんになったころ、二人の動きが止まる。これできっと終わりなのだろう。
蓮畑の中、唯一蓮が咲いていない場所があった。真っ黒い泥の中、金色の月が映っていた。
つい、と二人が地面に落ちた月に近づく。その時一陣の風が吹いた。
鴇色の花畑の向こう、紙の面がめくれ上がった。
仄かに化粧の施されたその顔は、間違えようもなく私の知っている顔だった。
「蛍っ!」
それは無意識のうちで。
「どうかっ、幸せになって!笑っていて、どうかっ……!」
声になっていたのかわからない、けれど蛍は確かに私を見て、そして幸せそうに笑った。紅の唇がかすかに動く。
”大好きよ、さつき。またね。”
面をした二人は、静かに地面の月へと吸い込まれていった。
気が付けば、私は一人蓮畑の中に立っていた。
脛のあたりまで泥につかり、ワンピースの裾も汚れている。
もう橙の提灯も、ナガレメも、人型の何かもいなかった。
ただここであったことを証明するように、一輪だけ蓮が足元を漂っていた。手に取るとあっという間に花弁が落ち、慌てて数枚だけつかみ取ったが残りは泥に沈んでいった。
泥まみれの足で帰路に就く。
きっと蛍は幸せだった。必ずしも死んでしまったことは不幸ではないのだ。彼女は笑っていた。これから愛した人と幸せに過ごすのだ。控えめな少女が神様に見初められて彼の国へと旅立ったのだ。この世にこれ以上のロマンがあるだろうか。誰にも想像できないような夢物語。
祝おう。蛍の幸せな門出を。一番の友人として祝福しよう。
なのにどうして涙が出るのだろう。
どうか、どうか嫋やかな愛した貴女へ、知らない場所でも幸せであって。
そしてどうか、いつか私に貴女の幸せを聞かせてください。
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