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一
「んぶしゅっ!」
妙な音を口元から発し、両腕を交差させると、柊凛太朗は、自分の二の腕を摩った。
「さむっ」
ファイリングし終えたばかりの資料を手に、のっそり立ち上がり、それを書棚に戻した凛太朗は、壁に備え付けてあるリモコンの電源ボタンを押した。
間も無く、エアコンの送風口から送られてくる、まだ温められていない風の直撃を受け、「さむっ」ともう一度呟くと、凛太朗はエアコンを睨みながら腕を摩った。
『ひいらぎ探偵事務所』
2LDKマンションの一室に設けられている、こぢんまりとした事務所。それがこの部屋の名前だ。所長はもちろん、この柊凛太朗。
二十五歳。独身。彼女無し。
因みに、所長と言っても従業員は凛太朗ただ一人。何故なら、従業員を雇うほど忙しくないからだ。率直に言えば、儲かっていないということだ。
「本日の業務、これにて終了」
凛太朗は大きく伸びをしながら、先ほど解決したばかりの案件を思い浮かべた。
依頼人は女子大生。独り暮らしのアパートが盗聴されているかもしれないとのことだった。
調査してみたところ、彼女の予想通りそれはあった。しかも、ベッドルームとトイレの二か所。そして、その憎むべき犯人は、なんと交際中の男性。
何でも、彼女の全てを愛したいが故の犯行らしいが、トイレの中にまで盗聴器を仕掛けるという異常さは、同性の凛太朗にも理解し難く、なんとも後味の悪い結末を迎えることとなったのだ。
「あのカップル、どうなるんだろ」
ふと口を吐いた言葉を、凛太朗は慌てて呑み込んだ。
ここから先のことは、探偵の関知するところではない。
探偵というものは、いかなる時でも客観的に物事を捉えなければならない。余計な感情が入ると、真実が見えなくなってしまうからだ。
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