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翌日、いつもより早目の朝食を済ませた凛太朗は、とある探偵事務所に向かった。その探偵事務所は、京急鶴見駅から徒歩三分に位置する雑居ビルの二階にあった。 名前を『田丸探偵事務所』という。 慣れた足取りでビルの間を通り抜け、二分でその雑居ビルの前に辿り着いた凛太朗は、一気に階段を駆け上ると、二〇一号室の前で呼吸を整えた。 ドアの右にある呼び鈴を鳴らすと、今時珍しい「ジリリリ」という音の後、「はい」と少しくぐもった声がした。 すると凛太朗は、パンツのポケットからおもむろにスマホを取り出し、ある番号に発信した。コール音を三回鳴らして通話を切ると、間も無くドアが開いた。 「はい、二分の遅刻」 声の主は、日に焼けた肌にコバルトブルーの四角い縁の眼鏡をかけ、悪戯っぽい笑顔を浮かべて凛太朗を迎えた。短くカットされた茶髪が、逞しく上に向かって立っている。 「ええ? 結構急いだんだけどなあ」 「探偵は時間厳守。基本だろ?」 くぐもった声が意地悪そうにからかう。 「仕方ないだろ。乗り継ぎのタイミングがうまくいかなかったんだよ」 ふてくされた凛太朗のぼやき聲。 「はいはい。言い訳しない」 田丸探偵事務所の主人は、実に愉快そうに笑いながら、凛太朗を部屋に招き入れた。 ここは、凛太朗の幼馴染であり探偵仲間の田丸修平が構える探偵事務所だ。凛太朗が探偵になることを打ち明けると、なぜか「俺もなろっかな」とあっさり職業を決めた変わり者だ。 とはいえ、同じ探偵同士、相談に乗ってもらったり、捜査協力してもらったりと、持ちつ持たれつで結構便利に使わせてもらっている。 今日ここへ来たのも、そんな理由だ。 先程のコール音の儀式は、言わば合言葉のようなものだ。迂闊にドアを開けないよう、二人で決めた合図なのだ。探偵という職業は、それだけ危険な仕事ということだ。恨みを買われて襲われることも珍しくはない。 昨日の凛太朗の失態は、無論、この田丸には秘密である。
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