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「あれって・・・」
少し恥ずかしそうに手を上げて応える可南子は、幸せに満ちていた。
「ええ。新婦が支援しているバレエカンパニーのソリスト。あなたは新郎のお知り合い?」
「うん、そうだけど・・・」
聞いていない。
何度もそんな台詞が頭の中をぐるぐると回る。
「いつ?」
「出会ったのは去年の末で、4月にこっちで式を挙げたわ」
さすがに勝己を招くわけにはいかなくて。
少し残念そうに微笑まれて、憲二は混乱を深めた。
「なんで。俺はてっきりあんたたちが・・・」
二人は、物凄く自然に寄り添っていると思ったのに。
「ちょっと長すぎたのかしらね・・・。まあ、私の同僚というか上司たちから姑息な嫌がらせを受けて、甘い時間をもてなかったせいも、少しあるかしら」
彼女の手を取って、木陰のベンチに座らせた。
「嫌がらせって?なに?」
「前に勝己の部屋で会った時、急患が入ったでしょう。いつもああいう感じ。私と彼がなかなか会えないように、細かい仕事をどんどん回したり、出張を入れたり・・・」
「・・・それ、勝己も解ってた?」
「ええ。でも実際、目の前に患者がいるんですもの。それを放り出す人じゃないでしょう」
「・・・もしかして、俺も邪魔してた?」
可南子の存在を知ってからも、憲二は好きなように弟を扱った。
「ああ・・・。それはないわね。本当に、勝己の休みの日って私はたいてい勤務だったのよ。二人の休みが重ならないようにちまちまねちねちとやられたから・・・」
セクハラと言っても良い域だったと、今は思う。
実際、不倫を持ちかけてきた男たちを完膚無きまでに叩きのめしたのがそもそもの理由だったのだから。
「あの日、キスしていたのはね・・・」
あの日、と言われて、勝己の広い背中を思い出す。
細い指先が、首に絡んでいた。
「キスくらいしないと、もう、関係を保てないからよ」
別れ際の、挨拶代わりの、キス。
それは、まだ離れていないことを証明する儀式のような物だった。
唇を合わせて、まだ男と女なのだと、その情の温度を確かめるために。
「あの人はいつでも優しくて・・・。大切にしてくれたけれど。欲しがってはいないことは解ってた」
それでもいいと思った二年間。
そのまま、未来に続くと思っていた。
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