女神ヘラの月。

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「大切にしてくれることと、愛されていることは、別なのよね」  木漏れ日が、透明な瞳を優しく照らす。 「・・・あの夫は・・・。ちがうのか?」  隣に腰を下ろして、視線を向けた。  気温が上がってきたのか、庭木の緑の匂いを濃く感じる。  若い、男だ。  見た目だけではない。  何もかも、幼さすら残る若木のような、男。 「・・・ええ、そうね。私の元に担ぎ込まれた日から人目も憚らずに求愛されて・・・。驚いたけど、嬉しかった」  求められるということを、初めて知った。 「でも、それは・・・」 「吊り橋効果だとでも?それは真っ先に考えたし、本人にも言ったわよ」  十歳近く離れた、旅人。  見知らぬ土地で怪我をして、心細くなっただけかもしれない。  人恋しさがつのったのかもしれない。  もしくは、衝動。 「でもね」  桜色の指先が、ゆっくりと、命をあやす。 「どうでもいいかと思えてきて」  豊かな、微笑み。 「私も、恋したの」  それが、答え。 「・・・恋、ね」  降り注ぐ緑の光を眩しげに見上げて憲二は呟いた。 「・・・俺には、それが、わからない」  知っていたつもりだけど、果たして恋だったのか、執着だったのか。  そして、自分がとらわれていたのは誰だったのか。  遙か昔になってしまった記憶はもはやおぼろげで、その輪郭すらみつからない。 「まだ、知らないだけなのかもしれないわよ?」  首を傾け、突然間近で顔を覗き込まれて、息が止まった。 「・・・あんたが、今まで、知らなかったみたいに?」 「そう。私がようやく知ったみたいに」  にい、と、物語に出てくる巨大猫のように笑う。  きらめくその瞳に何かを見透かされたような気がして、胸がざわめいた。 「・・・のろけですか、それ」  出てきたのは、子供のようにふてくされた声。 「そう、のろけよ、今のはね」  くくくっと、喉の奥で笑われて、どこかほっとしてしまう。  しかしそれは、彼女を侮っていただけなのだと、知った。 「で、ここからはおせっかいなの」  ふいに軽く顎を掴まれて、今度こそ驚いた。 「あなたは、とても大切なことを見落としているの、解ってるかしら?」  瞳が、緑の光を乱反射して、目眩を覚える。  緑の、瞳。  彼の、色を、思い出す。
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