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「どうして、そんな女と・・・」
「自分が一番な女なら、夫を顧みないと、思ったからでしょうね」
「そんな結婚、意味あるのか?」
「勝己にとって一番大事な条件なんだと、ようやくわかったわ」
結婚とか、条件とか。
憲二にとってそれは一番遠い話だった。
幼い頃から関係の破綻した夫婦ばかりを見てきたからこそ、家庭を持ちたいなどと思ったことはない。
むしろ、拒絶し続けた長兄に今は共感すら覚える。
兄の俊一は、どんな形であれ妻を娶ることを頑なに拒んだ。
その結果、父との関係がどんどん悪化していき、最後には絶縁も辞さないと三行半を叩きつけて家を飛び出したまま事故死してしまった。
溺愛していた息子に背かれ、更には悔いの残る形で別れてしまったというのに、あの男はまだ、懲りていないのか。
「勝己に押しつける気、か・・・」
俊一の後釜として婿養子に迎えた勇仁と姉の清乃の関係もこじれにこじれ、とうとう愛人が息子を産んで東京で正妻気取りを始めている。
崩壊しつつある王国をなんとか建て直すために、胎児の時に不要だと、殺せとすら言っていた三男をかり出すのか。
鈍痛を感じて額を押さえると、暖かな指先がそっとその手を取った。
「ちがう。ちがうのよ」
柔らかく握り込まれ、その瞳を見返す。
「勝己の一番が、真神なの。家のことも、御両親のことも、ご姉弟のことも、そして甥御さん達に勇仁さん・・・。みんなを守るために、最良の方法をいつも探してる」
自己犠牲ではなく、自己愛が強すぎるのだと、自嘲気味に笑ったのはいつのことだったか。
「でも、これ以上抱えられないことも解っているの。だから、形ばかりの妻が良かったのね」
自分は、彼の望む妻から逸脱していた。
「それでも構わないと思ったから、ずっと勝己のそばにいたの。そして彼はそんな私を振り払えなかったから長引いてしまった」
いつでも、優しい男。
その優しさが、時には諸刃の剣になってしまうことを知りながら、手を離せなかった。
誰よりも、残酷な男。
酷い人だと思う。
だけど、憎むよりも愛しさが勝った。
「ユーリに・・・、私が夫に出会って、ほっとしたのは勝己の方だったかもしれない」
可南子を見送って、勝己もまた、歩き出す。
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