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普段は閉められている分厚く大きな扉が開いている。怪物がやってきたのだ。
久しぶりの光に目が眩む。感慨にふける間もなく怪物の大きな手が降りてくる。部屋にいる子たちは縮こまり怪物の手の行方を必死に追っている。
僕はいつもみたいにこの悲劇が通りすぎるのをじっと待つ。目を閉じて体を縮こませて息を潜める。
大丈夫、大丈夫、いつものことだすぐ終わる。
聞こえた悲鳴は2つ。それから扉が閉まる大きな音。世界は再び暗闇へと戻る。ほっと詰めていた息を吐き出した。隣に座る彼女も同じように息をつく気配がした。
「怖かったね」
そう言うと彼女も安心しきった笑顔を見せた。
顔が見える?
閉まったはずの扉が開いていた。なんで、なんて思う間もなく体が浮いた。
あっと声にならない声が漏れた。下に強ばった顔をした彼女の姿が見えた。あまりに突然のことに僕らは何も言えず顔を見合わせるばかりで、彼女の姿が遠ざかりはじめてやっと僕の頭は動き出した。
このままお別れでいいのか?僕の体は大きくないから、きっとこの部屋には戻ってこれない。
今、伝えなきゃ後悔するんじゃないのか?
ぐっと歯を食い縛る。腹を括れ!恥なんてかなぐり捨てろ!
大きく息を吸って彼女に届くようにと声を張り上げる。
「ありがとう!」
呆然と俯いた彼女が顔を上げた。目が合う。
「君と会えてよかった!とても楽しかった!」
君と話していると恐怖が和らいだ。君の温もりがあったから心細さに押し潰されなかった。君がいたからーー
知らぬ間に涙が頬を伝っていた。ぐっとお腹に力を込める。
ーーだから君だけでも
「君だけでも帰れたら嬉しい。」
涙で顔は見れたものではなかったけど、ちゃんと笑えていたと思う。彼女は一瞬痛みを堪えるような顔をしたけれど、きちんと頷いてくれた。それに安心した僕は表情を緩めた。彼女が頷いてくれたことが嬉しかった。今度こそきちんと笑うことができた。
「さよなら」
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