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5.カオルコ
「ねえ先輩っ、もしかしてインスタ始めた?」
私が外回りから帰ってきて、自分の机で踏ん反り返りながら伸びをしていると、部屋の向こう、総務部の方からスマホを握りしめた後輩の臼井薫子(うすい かおるこ)が、大声をあげながら駆け寄ってきた。
こいつは会社の4つ下の後輩なんだけど、なんで仕事中に堂々とスマホ見てるんだ?
しかもそんな私のプライベートなことを社内でベラベラと大声で喋って…
私はため息をついて立ち上がると、彼女に注意するために彼女の方に向き直った。
薫子、通称クンコは総務部で働く25歳の後輩で、我が社の大卒総合職社員が必ず経験する新人時代の3ヶ月の工場勤務を、たった1ヶ月で終えたという猛者だ。
何のことはない。
彼女の見た目と口癖のせいだ。
工場内には高卒で入った若い工員もたくさんいる。大半が女性だけど、機械化が進んだこともあって、男の子も一定数いる。
研修は、私らホワイトカラーの総合職も縫製の現場を知らないとダメだということで、その年に工員として採用された高卒の子たちと一緒に受けるんだけど、OJTで教える側も、高卒2年目、3年目の若手なのが、我が社流だ。
「えーっヤダァ」とか、「わかんなーい」「きゃはっ、失敗しちゃったぁ」「ねぇ、ここのヤリ方、お姉さんに詳しくお、し、え、て?」と、体をクネクネさせながら聞くもんだから、研修に参加している生徒側、講師側双方の若手男性工員(おそらくドーのテー)達が劣情を催しかねず、キケンだと。
てことでクンコはその工場での新人研修を強制終了させられたわけなんだけど。
じゃあ、本職の事務の方はキチンとできるかというと、やっぱりここでも「えーっ、わかんなーい」を連発。
でもここなら彼女も許される雰囲気がある。
なにしろ、ここには劣情を催しそうな年下男子はおらず、おっさん比率が高い。
おっさん達にとっては、彼女の『可愛いは正義』なのだ。
全く納得いかないけど。
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