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気ままな学生という身分の卒業を控えていた頃の話。
以前から、各国の文化が詰め込まれた建築物に興味をひかれていた私は、それらを巡る旅をしていた。
その道中、ある国で食事をした。
不思議なのは、いったいどこの国であったのかを思い出せないこと。
人も、景色も、建物さえ、記憶にない。ただただ、食事をしたことだけを覚えている。
特徴のないドアをくぐったことは覚えている。
夕暮れが星空に代わるころで、次の国への移動を翌早朝に控えていた。
確か、真鍮のドアノブを回したのだ。
店内に入るとすぐにウェイターに席に案内されメニューを渡された。
窓際の席で、中庭が臨めるようになっていたがどんな庭だったのかはやはり思い出せない。
ただ、見慣れない花が咲いていたことは覚えている。
渡されたメニューに書かれた文字は覚えていない。
けれど妙なメニューだった。
『本日の献立』
それしか書かれていなかった。
今考えれば何かおかしいと思うが、その時は特に気にしなかった。
他の国でもそうしていたように、注文をした。
「本日の献立を、ひとつ」
さて、何語で注文をしたのだろうか、やはり思い出せない。
ともかく注文も済み、料理がくるまでの間何とはなしに店の中を見渡すと、テーブルに座る人たちと床に座る人たちがいることに気付いた。
そしてもっと見ていると、テーブルも、しっかりとしていてテーブルクロスのかかっているもの、しっかりしているけれど、クロスはかかっていないもの、頑丈そうではあるけれど、ややがたついているものなど、いろいろあった。
また、床に座る人達にも違いがあった。
木の床にただただ座るものもいれば、質のよさそうな絨毯の上でくつろぐ人もあった。
自分の座るテーブルをみれば、クロスがかかっていた。
どうやらよい方の席らしい、とその時感じたのを覚えている。
何故こんなふうになっているのか気になって、隣の席に座る紳士に尋ねてみた。
「国が違うからさ」
紳士は何でもない風に答えた。
生まれた国が違うから席が違い、メニューが違う。
故国が豊かであればよい席に座り、お腹をいっぱいにできるし、貧しければ粗末な席に座り、僅かなものしか食べられないのだと。
更に
「君が頼んだものは私と同じ物だが値段が違う。私の国は食物を自給出来ているから料理の値段が安い」
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