旅の思い出

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なるほど、伝票がきてから確かめてみたら、俺の料理の値段の方が高かった。 同じものなのに。 しかし、使われている材料の農薬の量は俺の方が少ないのだという。 (そういえば、俺の国はそういうことにうるさい国だった。) まぁ、料理の状態では数値が分かるわけでもないし、真偽のほどはわからないじゃないか、と世間に擦れてしまった年寄りは思うわけだが、その当時青年だった私はそう考えた。 ともあれ、テーブルに運ばれた料理を食べ始める。 温かいスープに、主菜の肉料理と付け合わせの野菜。 副菜は温野菜のサラダと、この国の伝統料理だというコンソメ味の煮物に似た食べ物。 焼きたてのパンは食べ放題。 デザートはいくつかの果物で、だされた食事はどれも美味しかった。 俺の目の前では、固くなったパンだけを食べる人、残飯のような魚の切れ端や野菜屑を煮た薄いスープのような物を床に座って食べる人もいた。 かと思えば、皿の上にいくつかの錠剤が乗っていて、それを水で飲み込む人もいた。 各々が、違う食事をとっているようであったが今でも確信していることがある。 私が食べていたものも、他の人々が食べていたものも、『献立』は同じものだった。 国が違い、立場が違い、他に何が違っていたのか全てはわからないが、とにかくその違いによって異なるものに見えていただけで、あの店で出されていた食事は、全て同じものであった。 だから、私は隣人が何を食べていようと気にすることなく料理を全て平らげて、店を出た。 満腹になると眠くなる。 あの時の私もそうだった。 美味しい食事に満足したまま、宿泊予定のホテルまで月明かりの美しい夜道をゆっくりと歩いた。 そう、とても美しい月であったことは覚えている。 腹が満たされた幸福感も。 どこかの国での、食事の思い出。 惜しむらくは、自分の記憶力の脆弱さだ。 あの時から少なくない時を重ねて、いまあの『献立』を食べたら如何様かと。 fin
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