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「まだ終わったわけじゃないよ」  膝を抱えてうなだれていた僕の耳に、思いのほかあっさりしたアオの声が届いた。  見上げると、風に巻き上げられた長い髪を抑えようともしないで前を向き、じっと立っている彼女の姿が目に入った。やわらかい笑みを浮かべたその姿は堂々として見え、僕は素直に綺麗だなと感じた。  生まれ育った町を見下ろす丘は、いつも海風が吹き上げている。鉛色の空と海、それと同じ色をした町だけが、僕たちの知っているリアルな世界だ。 「そんな簡単に折れちゃう程度だったの? 脚本家になりたいって夢は」  アオの問いに、僕は答えることができなかった。 ――そうじゃない、脚本家は足掛かりで本当の夢はその先にあるんだ。  だけど今それを口にするのは無様だし、更に惨めな気持ちになるだけだと思った。 「あたし、先に行くから」  うんともすんとも言わない僕に呆れたのか。  離れていく足音は軽やかなステップを踏むようにリズミカルで、僕にはアオがどうしてそんなに自信を失わずにいられるのかわからなかった。     
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