4人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
都会の生活は快適だ。
なんでもすぐ手に入る。どこにでも行ける。
一人暮らしも悪くない。家事をやってくれる親がいない不便より、僕のしたいことにいちいち文句を言われない自由が上回った。
――もっとも、僕にはもう「どうしてもやりたいこと」なんてないのだけれど。
誰も僕を知らない場所が、こんなにも気持ちを楽にしてくれるなんて知らなかった。大学で新しい友達が増えるにしたがって、僕も新しい自分になっていく。
笑って過ごす日々のなかでは、海辺の寂れた町を思い出すこともない。寝る間も惜しんでパソコンのキーボードを叩いていた自分は、もうどこにもいない。
勉強とバイトを口実に帰省しないまま、あっという間に二年が過ぎた。意図的に距離を置いた高校時代の同級生や演劇部の仲間とは、すっかり疎遠になって今では電話どころかLINEすら来ない。
だから、バイト先の先輩からアオの名前を聞いたとき、僕は心の準備がまったく出来ていなくて息が止まりそうになった。
「ここって鈴木の地元だろ? 知らない?」
先輩が差し出して見せたのは、アマチュア演劇祭のフライヤーだった。地方の市民劇団などが集まるイベントのようで、各劇団の写真と紹介文が載っていた。
最初のコメントを投稿しよう!