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あの後ろ姿。紛れもなく小金太だ。見つめる先には、二つの岩が並んだ夫婦岩がある。きっと一人で眺めているのだろう。
「小金太」
郁之助は、駆けながら腹の底から叫んだ。しかし、返事は無い。
一陣の風が吹いた。小金太の後ろ姿がぐらつき、郁之助は慌てて抱き止めた。
「おい、小金太」
そこには血の気が引いた、青白い顔があった。鼻腔を突く血臭。首元に、一刀を受けていた。
「戯けた真似はよせ。小金太、目を覚ませよ」
揺すったが返事は無い。小金太は、既に息絶えていた。
「私を待っていたのだな、お前は」
郁之助は、頬に熱いものが伝わるのを感じた。慌てて手で拭う。その時、小金太の懐から、血に染まった短冊が一枚すり落ちた。
君が為 越ゆる死出の 山なれば
惜しむものなき 武士の一念
「君が為……」
郁之助は、小弥太を浜に寝かせると、夫婦岩に正対し、背筋を伸ばした。
ならば私も、お前を独りで死出の山を越えさせぬ。今生で添い遂げられぬなら、せめて来世で共に。
郁之助は、ゆっくりと着物の前合わせに手を伸ばしていた。
〔了〕
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