本編

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「絶対になりませぬ」  斯摩藩中老である千倉蔵人(ちくら くらんど)がそう言うと、場の雰囲気が凍りついた。  斯摩(しま)城の二の丸、執政会議が開かれている虎の間である。  藩主・渋川堯春(しぶかわ たかはる)が臨席した執政会議で、首席家老の宍戸川多聞(ししどがわ たもん)が推し進める今津干潟(いまづひがた)の干拓工事に、蔵人が一人だけ(いな)の声を挙げたのだ。 「ほう、貴公は反対か」  痩せ身で総白髪の宍戸川が冷ややかに言うと、上座にいた堯春が大きな欠伸をした。 「なんだ、多聞。執政府は一枚岩ではないのか?」  堯春が興味が無さそうに訊くと、宍戸川は軽く目を伏せた。 「全く以て、お恥ずかしい限り。この多聞。首席家老となり藩の政事を任されて数十年。些か、脇が甘もうなり申した」 「ふふふ。盛者必衰は世の(ことわり)じゃて。まぁ、精々足を引っ張られぬようにな。儂は奥に引き上げるぞ。どうも寝不足でな」 「はっ……」  堯春がのろりと起ち上ったので、全員が平伏した。 ◆◇◆◇◆◇◆◇  千倉郁之助(ちくら いくのすけ)は、ゆっくりと身を起こすと一つ深い溜息を吐いた。 「どうしたのですか?」     
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