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身を横たえたままの、兵藤小金太が訊いた。
「いいや、何でもない」
と、郁之助は苦笑いを浮かべると、また小金太の横に裸体を投げだした。
初秋の暑い日の昼下がり。城下から離れた、大葉山の麓にある浄願寺という天台宗寺院の離れである。
この浄願寺の住持は、人徳と清貧を以て尊敬を集める僧侶として、藩内では知らぬ者はいない。が、裏では男色を極めた色坊主であり、同じ趣向を持つ若者の為に、僅かな銭で離れを貸すという商売を長年続けていた。
また小金太とその住持は顔馴染みであり、元服前の中老の次男坊と二十歳の貧乏下級藩士という組み合わせをいたく気に入ったのか、表沙汰にならぬよう何かと配慮をしてくれるのだ。
この日も住持の厚意に甘えて、二人は暫しの逢瀬を愉しんでいた。
(なのに……)
郁之助は、不用意に溜息をした自分を悔いた。
「心配事なのですね」
小金太が、見開いた目を天井に向けたまま、更に訊いてきた。
やはりそうだ。こんな深い溜息をしては、小金太は心配する。そして、この男を前にしては、郁之助は嘘をつけなかった。
「いや、父上の話だ」
「もしや、ご城府で何か?」
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