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「まぁ、あそこは伏魔殿だ。何かあるのは毎日の事。しかしな」
郁之助の父である千倉蔵人は斯摩藩の中老で、執政府の一員として藩政を取り仕切る立場にあった。
しかし、今の斯摩藩は長年独裁を続ける首席家老の宍戸川多聞と、それに追従する一派によって牛耳られている。蔵人も中老になるまでは宍戸川派に属していたが、最近になって〔異なる動き〕を見せ始めたのだ。
その切っ掛けは、来年にも始まるであろう今津干潟の干拓工事である。宍戸川は博多の商人と組んで強引に推し進めようとしていたが、それに対して蔵人が、
「費用の割りに実入りが少なく、それよりも優先すべき事がる」
と言って、待ったをかけたのだ。
それが藩主・渋川堯春が臨席する御前会議の場であったので、宍戸川は面目を潰された事になる。蛇のように執念深いと言われる宍戸川だ。このまま終わるはずはない。
「蔵人様は、政事のありようを変えようとされているのでしょう」
事情を話すと、小金太が呟くように言った。
「そうかもしれない。私から見れば愚かしいとしか思えないのだ」
「郁之助様には、愚かしいと見えますか」
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