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「――あの図書館の席は?」 「え? あ……」  久本さんは不意を突かれたように何度か瞬きをして答えた。 「いつも週末はあそこで一緒に勉強していたんです。彼がいつも窓際で。だから、なんとなく空けてしまって」 「なんとなく、じゃないでしょう?」 「え?」 「久本さん、意図して空けてたんでしょう? いつ彼が来てもいいように。違う?」  そう言うと、久本さんは観念したようにゆっくりと頷いた。 「……ばかみたいですよね。来るわけないのに」 「来てたよ、今日」 「でも、彼じゃないかもしれないじゃないですか」 「いいや、彼だよ」  オレは自信を持って答えた。あれは間違いなく久本さんの彼だろう。じゃなければ、オレを見て不自然に引き返すなんてことはしないはずだ。 「ねえ、久本さん。オレが口出すようなことじゃないかもしれないけど、少し勇気を出して彼を追いかけてみたら。このままなんてもったいないよ」 「もったいない?」  意外そうな顔でオレを見返す彼女に、大きく頷いて見せた。 「そう、もったいない。二人して迷子になってしまっただけだろ。久本さんも彼もお互いまだ好きなくせに、そんなことで離れてしまうなんてもったいない」 「迷子……。でもお互いが好きだなんて、そんなのわからないじゃないですか」 「わかるよ。久本さんは彼が好きだから席を空けているんだろうし、彼だって君を嫌いになったんだったら、ここには来ないはずだろ。オレを見て帰ったりはしないはずだ」  だけど、とオレは続けた。 「迷子のままだと、戻れなくなることだってあると思う。オレが君と一緒にいるのを見た彼がまた違った誤解をしてるかもしれないし。だから、勇気を出すのは早い方が良いよ。今なら彼と一緒に過ごせる道もまだ見えているんだから。見失ってからでは遅いよ?」  久本さんはオレの顔をじっと見返していた。オレは笑ってその顔に頷きを返す。ややあって、久本さんの顔に穏やかな笑みが浮かんだ。 「――そうですね。ありがとうございます」  そう言って頭を下げ、改めてオレに目を向けた。
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