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「木村さん」
不意に、久本さんが申し訳なさそうにしながら、こそっと声をかけてきた。
「木村さん、数学得意でしたか?」
「数学?」
苦手ではないよ、と答えると、久本さんはパッと表情を明るくして、広げたノートをオレの方へと少しだけ動かした。そしてシャープペンの先で一つの数式を指す。
「すみません、どうしても解けなくて。……ここ教えて下さい」
「いいよ、見せて」
その指された数式にさっと目を通す。――大丈夫、教えてやれそうだ。
「えっと、ここはまず、このXとYを……で……」
久本さんはじっとノートを見つめ、真剣な目で頷いている。うん、ちゃんと理解してくれているようだ。
「……で、ここがこうなって……この式で出た答えが解、だね」
「あー、なるほど! そうか、私こっちから先にやってたからおかしくなってたんだ」
「そういうこと。わかった?」
「ハイ! ありがとうございます!」
久本さんはスッキリした顔で頷いて、自分の方へノートを戻しすぐに問題にとりかかり始めた。オレも読んでいた本へ目を戻そうとしたのだけど、ふと何かを感じて顔を上げた。誰かに見られているような気がしたのだ。
その誰かはすぐに見つけられた。いくつかの閲覧席を挟んだ向こうに、一人の男性が立ってこちらを見ていた。オレ達と同年代ぐらいのその人は、間違いなくオレを見ていたらしく、ばっちりとまともに目が合った。でも、彼はすぐに背を向けて去ってしまう。
「?」
なんだろう――あ。
ピンと来た。
あの男はオレではなく、このコの知り合いなのではないだろうか。オレはチラリと隣に目を向けた。久本さんは変わらず勉強に集中している。誰かと約束をしていたとは聞いてはいない――けれど。
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