閑話:午前11時の逢引

9/12
前へ
/557ページ
次へ
「はぁ……どうすんだよ、これ」 鏡の中の自分に問いかけ、返ってこない答えに理不尽な苛立ちを覚える。 どんなに襟を引っ張っても隠れないギリギリのところに、印をつけられた。 瑠加ちゃんに気づかれたらどうするんだよ! 意外に気づかれない、とか……? いや、確実に気づくよなあ。 だってこの高さだと、向かい合った瑠加ちゃんの視線の真正面になる。 気づかれたらどうし……あ、そうか。 「理人、なんか首赤いよ。どうしたの?」 「え、どこ?」 「ここ。襟のすぐ近く」 「あー、なんだろう?虫にでも刺されたのかな、HAHAHAHA!」 そう笑って誤魔化せばいい、よな? よし、大丈夫だ。 いける! 「お待たせ」 「おかえりー」 上品にグラスを傾けシャンパンを楽しみながら、瑠加ちゃんが笑顔で迎えてくれる。 白いグランドピアノの向こう側には、佐藤くんの姿が戻っていた。 澄ました顔しやがってこのやろう! 「あれ?」 「ん?」 「なんか首のとこ赤くなってない?」 「っ!」 あ……し、しまった。 思い切り動揺してしまった! そんな必要まったくないのに、勢いよく手で隠してしまった。 虫刺され説はどうしたんだよ、俺! 練習までしたのに! 「い、いや、これはその……なんというか……」 う……瑠加ちゃんの視線が痛い。 「ふーん、そういうこと」 「……ごめん」 「謝ることじゃないじゃん」 「そ、れはそう、なんだけど……」 佐藤くんは瑠加ちゃんの弟で、瑠加ちゃんは佐藤くんのお姉さんで、だから……つまり……ただ単に俺が恥ずかしい。 ものすごく。 「英瑠のやつ、あたしに嫉妬したの?小さい男だなあ」 「え、嫉妬……?」 嫉妬……そうか。 そうだったのか! 怒ってたわけじゃなくて、嫉妬してくれてたのか。 佐藤くんが嫉妬……あ、まずい。 にやにやしそう。 「ハァ、あんたたちって……」 「ん?」 「……」 「瑠加ちゃん……?」 「ううん、なんでもない」 瑠加ちゃんはもう一度シャンパングラスを傾け、美味しい、と笑った。
/557ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5184人が本棚に入れています
本棚に追加