始まり

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江田 菜つ姫(ごうだ なつき)。 女性総合職として就職して「だから女は」なんて言われたくなくて、必死に仕事をして来たらいつの間にか、同期どころか自分の職場では同性は誰もいなくなってて。 若い頃はそれでも一応彼がいて、とても充実していた。 でも仕事でのやり甲斐も少しずつ感じ始めた入社五年目、彼との間に結婚と言う話が出た。 けれど、仕事の楽しさと彼との結婚生活を天秤に掛けると、どうしても仕事に傾いてしまって、かと言って今更彼と別れると言う選択も出来なくて、どちらも選べずにいたら、彼は私の元から去ってしまった。 「俺は、菜つ姫にとっては、仕事以上にはなれないんだな。 俺にとっては菜つ姫が一番だったんだけど…。もう…俺にはムリだ…」 なんて、普通なら女が男に言う様なセリフを投げつけられて終わった。 それでも、好きだった男から投げつけられた言葉には少なからず傷付いた。 彼は、てっきり私の仕事を応援してくれているものだと思っていたから。 仕事を頑張ってる私が好きだと言ってくれていたから。 だから、頑張れたのに。 それからは、傷付いた自分の心と向き合いたくなくて、ひたすらその辛さに蓋をして仕事に没頭する日々。 気が付けば もう20年も働いていて、役職も上がり部下の仕事にも責任を負うようになって、社内の誰にも仕事の愚痴を零せなくなり、部屋に帰って一人で酒を煽るのが、私のストレス発散になっていた。 そんな時に見つけたのが、このBARだった。 その日はとにかく疲れていて。 気分転換したくて、いつもとは違う道を通って遠回りをしようと何気なく入りこんだ路地裏で見つけた。 古びた 、けれど良く手入れのされた木製のドア。 吸い込まれる様に扉を開けると、それはそれは優しい笑顔のマスターが出迎えてくれた。 「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。こちらは初めてでいらっしゃいますね?」 その笑顔に惹かれてついフラフラと入ってしまったのだ。
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