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プロローグ
スパッ。
小気味の良い音が、佑太の鼓膜を揺らした。
直後、「よし、スウィッシュ」という言葉に続いて、感慨深げな声が館内に響いた。
「この音を聞くために、バカみたいに頑張ってんだよなあ俺たち」
ガラス窓を通して射し込む陽の光りが床を照らす、休日のバスケットボールコート。特に重要な意味を持っている訳でもない、ありふれた日常の一コマで発されたその一言が、なぜだかずっと佑太の耳に残っていた。
スウィッシュ。バスケットボール用語の一つだ。
ゴールに向かって放たれたボールが、リングをかすらずにネットを通過するシュートは、俗にスウィッシュと呼ばれている。
ボールがネットを揺らすそのときに、人々の鼓膜に届く「スパッ」という音は、あらゆるバスケットボールプレイヤーを虜にしてやまない。試合中にその音を鳴らす快感は格別だ。
選手たちは取り憑かれたようにその音を求め続け、来る日も来る日もバスケットコートに立ち、ゴールリングに向き合い続ける。佑太も例に漏れず、その音にすっかり心を奪われた一人だった。
しかし、今となっては佑太はその音を忌み嫌ってすらいた。心の底からその音を望んだあの時、耳に届いてはくれなかったから。そして何より、思考から遠ざけて決して近寄ろうとはしていないものを、その音に呼び覚まされてしまうから。
一度頭の中で響いてしまえば、いくら必死に締め出そうとしてもその音は容易には遠ざかってくれない。心から望んだときには物知らぬ顔で逃げ出したくせに、望んでいないときに限ってしつこく付きまとう。まさに天邪鬼だ。
うちの猫の方がよっぽど素直で可愛いよ。そう心の中で皮肉ってみせるのが、佑太にとってせめてもの抗いだった。
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