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「ねぇ、おばあちゃん。これなぁに?」
「それはお手玉だよ」
「きれいだね」
「そうねぇ」
幼い少女とその祖母の声が古い木造住宅にこだまする。
市役所駅のある大通りから一本内側に入った細い道。表通りの現代ビルが所狭しと立ち並ぶオフィス街とは異なり、そこにはひっそりと古き良き趣きを残した家々が並んでいる。砂ぼこりで汚れた門、色あせた家壁、サビに覆われた自転車。道路も狭く、対向車が来るたびに道脇に車を寄せなければならない。それほどに対照的な街並みだが、確かな趣きに加え、長い時を重ねた威厳らしきものが感じられる。
そんな並んだ家々の一角にその小さな木造の家はあった。門はサビで赤茶色に変色し、引き戸はガタガタと音を立てそうなほどゆがみ、そして玄関前の庭では背の高い草が地面を覆いつくしていた。窓ガラスにはくもの巣状のヒビとそれに合わせて貼られているテープ。そんなあちこちにガタが来ている家から、幼い少女の元気な声が響く。
「おばあちゃん、お手玉てなぁに?」
「お手玉はね、昔の子どもの遊びの道具さ。今じゃほとんどの子供が遊ばないけどねぇ」
「ふーん。……おばあちゃんもできるの?」
「もちろんだとも」
鼻息高くそう言った彼女は、その少女からお手玉を受け取った。座布団型と呼ばれる、瑠璃色のきれいなお手玉だった。少しくすんで色褪せているが、それによっていっそう美しく見えた。
それを三個持ったかと思うと、右手の手のひらで二個、左手の手のひらで一個、お手玉を軽く握った。
「いちばんはじめはいちのみやぁ~、に~いはにっこうとうしょうぐん――」
熱を帯び、しかし優しく包み込むような深みのある声が少女の胸に響く。そして、その音に合わせて宙を舞い、ザッザッと軽やかなリズムを生み出しながら、右手から投げ出されたお手玉は左手へ吸い込まれていく。
「――に~どとあえないきしゃのまど、な~いてちをはくほととぎすっ」
それっ、気合の入った掛け声で、最後にお手玉が一つ中に放り投げられた。少女の目はそのお手玉を追い……そして、おばあちゃんの手にそれが吸い込まれていくのを見た。
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