不穏

5/12
前へ
/377ページ
次へ
「ありがと、真由ちゃん」 「どういたしまして」  ゆっくりとした動作で席を立った葛城は有名ブランドのスリーピーススーツを着用していた。色は秋にふさわしいブラウン系。ネクタイはストライプ柄のダークグリーンで合わせてあった。手足の長い彼が着用すると、日本人離れしたスタイルが際立っていた。このスーツを、なんら問題無く着こなせる男を、世間ではこう言うだろう。『嫌味なほど、完璧な男前』。 (こんなの、誰だって……)  虜になってしまう。極上の男を蒼生は瞬きすら忘れて見惚れてしまった。   「なに、蒼生ちゃん。ジロジロ見て……俺、そんなに格好いい?」  視線に気付いた葛城が茶化しにかかる。 「……そうですね。今日の葛城さんはとても格好いいです」  嘘ではない。感じたままを素直に伝えて頬を緩めると……。 「っ……それは……どうも」  なぜだか葛城の顔が微かに赤く染まった。 「葛城さん?」  どうしたのかと首をかしげたが、フイと顔を背けられてしまった。どうやら気分を損ねてしまったようだ。 「……行くぞ」 「あっ……」  葛城が仏頂面で横をすり抜ける。蒼生は慌てて彼の後を追った。 (……気に障るようなこと言ったかな?)  スタジオまで続く通路を歩きながら考える。目の前を歩く葛城の大きな背からは、誰が見てもわかるほど不機嫌なオーラが漂っていた。何が原因で彼の期限を悪くしてしまったのか。蒼生には見当もつかなかった。 「……あんたさ」  ここで葛城が歩みを止めてクルリと振り返る。蒼生も足を止めた。 「はい?」  何でしょうと瞳で問う。 「さっきみたいなの、調子狂うんだけど」 「さっき……とは?」  キョトンとした。 「だから、さっきだよ」  伝わらない事に苛立ったのか、葛城が眉間に皺を寄せた。 (さっきって、何だよ)  意味が分からない。蒼生も同じように眉を顰めると……。 「あーもう……」  葛城は鬱陶しげに溜息を吐くと、ジリジリと距離を詰めて蒼生を壁際へ追い込んだ。 「っ……ちょ、ちょっと?」  目線を合わせたま何歩か後退ると壁に背がぶつかった。退路は無くなった。蒼生は流れる動作で葛城の脇から逃れようとしたが、直後、彼の両腕が素早く伸びサイドを塞がれた。完全に囲われてしまった。
/377ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12269人が本棚に入れています
本棚に追加