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「ありがと、真由ちゃん」
「どういたしまして」
ゆっくりとした動作で席を立った葛城は有名ブランドのスリーピーススーツを着用していた。色は秋にふさわしいブラウン系。ネクタイはストライプ柄のダークグリーンで合わせてあった。手足の長い彼が着用すると、日本人離れしたスタイルが際立っていた。このスーツを、なんら問題無く着こなせる男を、世間ではこう言うだろう。『嫌味なほど、完璧な男前』。
(こんなの、誰だって……)
虜になってしまう。極上の男を蒼生は瞬きすら忘れて見惚れてしまった。
「なに、蒼生ちゃん。ジロジロ見て……俺、そんなに格好いい?」
視線に気付いた葛城が茶化しにかかる。
「……そうですね。今日の葛城さんはとても格好いいです」
嘘ではない。感じたままを素直に伝えて頬を緩めると……。
「っ……それは……どうも」
なぜだか葛城の顔が微かに赤く染まった。
「葛城さん?」
どうしたのかと首をかしげたが、フイと顔を背けられてしまった。どうやら気分を損ねてしまったようだ。
「……行くぞ」
「あっ……」
葛城が仏頂面で横をすり抜ける。蒼生は慌てて彼の後を追った。
(……気に障るようなこと言ったかな?)
スタジオまで続く通路を歩きながら考える。目の前を歩く葛城の大きな背からは、誰が見てもわかるほど不機嫌なオーラが漂っていた。何が原因で彼の期限を悪くしてしまったのか。蒼生には見当もつかなかった。
「……あんたさ」
ここで葛城が歩みを止めてクルリと振り返る。蒼生も足を止めた。
「はい?」
何でしょうと瞳で問う。
「さっきみたいなの、調子狂うんだけど」
「さっき……とは?」
キョトンとした。
「だから、さっきだよ」
伝わらない事に苛立ったのか、葛城が眉間に皺を寄せた。
(さっきって、何だよ)
意味が分からない。蒼生も同じように眉を顰めると……。
「あーもう……」
葛城は鬱陶しげに溜息を吐くと、ジリジリと距離を詰めて蒼生を壁際へ追い込んだ。
「っ……ちょ、ちょっと?」
目線を合わせたま何歩か後退ると壁に背がぶつかった。退路は無くなった。蒼生は流れる動作で葛城の脇から逃れようとしたが、直後、彼の両腕が素早く伸びサイドを塞がれた。完全に囲われてしまった。
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